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zoom RSS 「J-POP進化論」の階名パワーは空回り?

<<   作成日時 : 2017/04/20 21:27   >>

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ふと思い立って、本棚のJ-POP進化論という本を読み返してみました。
階名を使い、日本人が持つ土着的な音楽感覚と大衆音楽の関係や、洋楽の影響などを論じていた記憶があったからです。


序論に相当する第1章、安室奈美恵《Can You Celebrate?》の旋律を例に上げる際、さっそく「階名で言えば…」という表現が使われています(11ページ)。
その後16ページと115ページ、計3回「階名」という言葉が出てきますが、今私がこの本を読み返してみて驚くことは、筆者の佐藤良明氏(1950年生まれ、米文学を専攻した表象文化論の教授で、音楽の専門家ではありません)が、ごく当然のようにドレミを階名に使っており、またその用法や音楽の捉え方が世間でも普通だと思って本全体を書いていることです。

まず、階名とは何ぞや?なる説明が(良くも悪くも)ありません。
「移動ド」という言葉も出てきません。もちろん「固定ド」も無し。
「この本ではドレミを(音名でなく)階名に使います」という断り書き?さえなく、文中にドレミが使ってあれば全て階名、一方で音名は英語のCDEで、階名と音名に違う言葉を当てるという使い分けも明確です。
(す…素晴らしい!!!)
そして学校で「長調の曲は主和音を構成するドミソのいずれかの音で始まる」と習ったのだそうです。
おそらく著者は、(音大などでなく普通の)学校で階名を教わって、それは音楽の専門家でない自分でも常識的な音楽認識方法なのだから、この種の本を手に取る人であれば何ら説明の必要はない、と信じて書き進めていたと思われます。

私が学校やクラシック系の音楽教室で「固定ド」が猛威をふるっている現実を知り大ショックを受けたのはつい去年のことで、自分はずっと階名的に音楽を聴いてきたため、この本を買って読んだ2000年当時、その書き方には何の疑問も危惧も感じませんでした。
それどころか、こういう観点から「日本のうた」を分析した本をかねてから待ち望んでおり、それが手軽な新書で出版されたことが嬉しくて、「ふむふむなるほど、それで次は?」とかなりコーフン(笑)しながら夢中でページを繰っていた記憶があります。

しかし階名が絶滅危惧種であると知ってしまった現在、この本を読むと「こ…これは痛い!」─── 著者でなくても冷や汗が出ます。
例えば最初に譜例が出る17ページ、ト音記号&ヘ長調の楽譜の第2線上に並ぶ16分音符が、本文で「レレレレ…」と表現されています。
著者はここで定石を外れた「レ始まり」の旋律に注目してるのですが、「固定ド」一辺倒の人なら「何これソソソソ…じゃないの?」となるでしょう。
またこの曲では、コードネームの「B♭」が「ヘ長調のファラド」と、これまた当然とばかり階名で説明されています。
コードネームを知らなくても和音の働きがイメージできて便利なのですが、これも「固定ド」の人には全く意味無というか、コードネームを知っていたらばミスプリか著者の誤記だと勘違いするでしょう。

1999年初版ですので最新の本ではありませんが、かといって大昔の本でもありません。
出版当時すでに「固定ド」は普通だったはずで、この本のドレミの使い方に異議をとなえている人がいるかも?とAmazonのカスタマーレビューを見たら、「移動ド(階名)」「固定ド」以前の、「楽譜が読めない」「音楽の基礎知識がない」と称する人達が、容赦なく低評価を付けていて愕然としました。
(学校の音楽の授業って何やってるんですかね〜〜〜?)
タイトルにJ-POPとあるせいで、クラシック音楽系の人はあまり読まなかったのでしょうか、少なくとも現時点でドレミ階名に文句を言っている人はいません。
とはいえ「階名の説明が面白い!」という評価もなく、もしかして文中の「階名」という言葉に何の注意も払わず、その意味も考えずに読み進んでしまった人が大半だったのかもしれないです。

この本は、土着的な5音音階に親しんできた日本人が、明治以来の音楽の西洋化の中で、四七抜き長調・四七抜き短調・ニ六抜き短調などの音階を経てどう現在のJ-POPまでたどり着いたのか、表面だけ聴けば音楽はずいぶん「西洋化」したけれど、腹の部分ではどうなのだろう?等を、実例を多数あげながら論じているものです。
そして考察の基本ツールとして使われているのがドレミを使った階名です。
だからもし「先生あのですね、実は『固定ド』というものが…」などと著者に話そうものなら、去年の私以上に大ショックを受け、1ヶ月くらい寝込んでしまうかもしれません…。

著者の説が正しいかどうかはともかく、階名パワー大爆発!の今どき稀有な本ですので、興味のある方は(もう中古だけですが)ぜひ読んでみてください。
特に第4章《腑におちるメロディ ─── #をめぐる「ソ」の攻防》は、再読した今回も非常に面白かったです。
短調曲において「ソ」があるか無いか、もしあるならただの「ソ」かそれとも半音上げるのか?
たったこれだけのことで、昭和初期からJ-POPの時代まで、大衆音楽の歴史が語れちゃうって…!?

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