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ヘンデルと(戦慄の右脳改革)音楽箱
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ヘンデルの声楽曲を中心とした、バロックの埋もれ名曲や、ちょっと珍しい音楽の話題など♪
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「赤城の子守唄」〜四七抜き短調の名曲(2)

2017/08/19 23:18
この歌は忘れていましたが、昭和歌謡のメロディー譜を見ながら視唱しているうちに「ああ、聴いたことある!」と、テレビの懐メロ番組で直立不動で歌っていた東海林太郎さんの姿と共に、思い出したものです。

《赤城の子守唄》(昭和9年)
作詞:佐藤惣之助、作曲:竹岡信幸、唄:東海林太郎

曲の背景などはこちら(Wikipedia)をどうぞ

【階名】(4小節で1行)
ドミーーファミラシドーシドシラファミー
ラシドミーファミドシラシーーー
ミーファミドシラーー ミドミファラファミー
ラミラシドシミドシーーー
ミドーシドシラシードシラファーミー
ドシミードシミラシーーー (注:A)
ラシドミファミラーーシラファラファーミー
ドシミードシラシラーーー


四七抜き短音階は「ドレミソラド」の四七抜き長音階のミとラが半音下がって短調化したものとされています。
(「ドレミ♭ソラ♭ド」の音程関係を、♭を使わずに書き換えると「ラシドミファラ」になる)
「シドミファラシ」の都節音階とは本来関係なくも、結果的に構成音が同じになり、西洋の短音階と日本の都節音階の折衷のようになっています。
ですから四七抜き短調曲はこれら両音階の特徴を持っていますが、この《赤城の子守唄》は前回の《東京行進曲》よりも都節音階寄り、つまり日本の伝統的な音楽の影響が強い印象です。

まず歌唱部分だけでなく前奏や間奏の旋律も、和声的短音階の「ソ#」は出ず「ラシドミファ」だけで固めていること。
さらに階名各行の最後を見ると⇒ミ・シ・ミ・シ・ミ・シ・ミ・ラ
《東京行進曲》では⇒ミ・ラ・ミ・ラ(2小節1行にすると⇒ミ・ミ・ラ・ラ・ド・ミ・ド・ラ)
《赤城の子守唄》は断然、「シ」でフレーズが一息つく部分が多いことが分かります。
これは「シ」「ミ」が核音(音高が安定し、節回しの中心となる音)である都節音階の特徴です。
西洋の短音階なら「シ」は不安定な音で、容易に他の音(特に「ラ」)に移ってしまうのですが、《赤城〜》では「シ」に安定感があり、むしろ最後の「ラ」終止が取って付けたように感じませんか?

実は私が最初に楽譜を見て歌った時は、伴奏による次への誘導がなかったこともあり、A行の「シーーー」で「終わった」と勘違いしたんですよ。
その原因は、この歌↓が連想されたからでしょう。



【階名】
ファーファーミーー ファラーファーミーー
ドミファラーファラミーーーー
ラーシーラシ ドミーファーミーー
ラシードーラーシーーーー
 

こちらは完全な都節音階で、シで終わっています。
面白いですね〜、シで終われるんですよ、日本人は!

この《ねんねんころりよ》は、やはり四七抜き短音階で《赤城の子守唄》と同じく「男の子守唄」として戦後大ヒットした《浪曲子守唄》のセリフ部分でバックに使われ、歌唱部分と違和感なく馴染んでいます。
四七抜き短音階のそこかしこに顔を出す都節音階の影…西洋音楽が入ってきても、伝統的な日本人の音感がそう簡単に上書きされるわけではないようです。
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「東京行進曲」〜四七抜き短調の名曲(1)

2017/08/15 22:15
私が短調の階名を練習するのに使った、四七抜き短調の名曲を何回かに分けて紹介しようと思います。
西洋の自然的短音階「ラシドレミファソラ」の4・7番目「レ・ソ」が無い、「ラシドミファラ」の5音からなる音階ですね。
戦前・戦中・戦後しばらくまで、大衆的な人気を得た短調の歌に、非常に多く使われています。

《東京行進曲》(昭和4年)
作詞:西條八十、作曲:中山晋平、唄:佐藤千夜子


曲の背景などについては、こちら(Wikipedia)こちらをどうぞ

【階名】
ラシドミーミファミ ラーシドラファファミーー
ラシドミーミファラ ミドシードラーー
ラファミラーシドド シードラファミドミーー
ファシシラファミド シーミドシラーー


こりゃまたエライ古い歌を引っ張り出してきて…と言われそうですが、子供の頃懐メロブームで親が聴いていたのを覚えていたんです。
やはり大ヒット曲は何か人の心をつかむものがあるのか、この動画と同じ当時の古い音源がラジカセから鳴っていただけなのに、旋律も歌詞も妙に印象に残るものでした。

歌っている佐藤千夜子はオペラを志していたクラシック系の人(昭和前半の流行歌手は今の音大に相当する学校で学んだ人が珍しくない)で、この曲も演歌的なコブシは回さず音符を真面目になぞる歌い方。
そのため、大人の唱歌のような感覚で階名唱でき、歌い出しで「ラシドミーミファ」まで音階を順に登っていくのも教材向き(笑)と言えます。
階名の3行目まででは、「ラファミ」と下行する箇所が少し音程取りにくいでしょうか?
そして最終行の「ファ-シ」は、増4度の良い練習になります。

階名で歌ってみると、「ド-ミ」「ファ-ラ」の長三度に挟まれた短二度(半音)「ミ-ファ」の狭さが際立ちますね!
しかもここに何とも言えない哀愁や陰りを感じる…
今まで短音階のシンボルは「ラ-ド」の短三度だ!とばかり思っていましたが、
四七抜きだとむしろ「ミ-ファ」の方が強く訴えかけてくるような感じです。
これは新鮮な発見でした!

ところで一般に「この曲は四七抜き短調」という場合、それは(歌われる)旋律だけが対象で、伴奏の和声や前奏・間奏には西洋的な短音階が使われているのが普通です。
《東京行進曲》の前奏を階名にすると ────

シシシシ シミミド シドシラシミドシラ
ソ#シラ レファミ ラララファ ミファミレドシラソ#ラ…


で、全体としては「ラシドレミファソ#ラ」の和声的短音階ですが、しかしもっと驚くのは

「シシシシ」!? 何じゃこの始まりは!!

ではないでしょうか?
「ラ・ド・ミ」のいずれかで始まるのが大半の短調曲で、いくら前奏とはいえ「シ」をこんなに連打したら、変だと思いそうなものですが、昔この曲を聴いていた時も全く自然に感じていました。
この「シシシシ…」は間奏にも使われ、前後と違和感なく馴染んでいます。
西洋音楽では長・短調いずにおいても「シ」は不安定な階名で、すぐ他の音に移行することが多いのですが。

実は四七抜き短調、西洋音楽が入る以前から日本で歌われていた都節音階(ミファラシドミ又はシドミファラシ)と構成音が同じなのです。
都節音階では「シ」が重要な音で、これで終止することもあり、そのような日本人的音感が(戦後生まれの私にも)どこかに残っていて、「シ始まり」がそれほど奇異に聴こえないのだと思われます。
西洋音楽が少しずつ大衆に広まる過程で、短調はまず四七抜きが愛好されたのは、慣れ親しんでいた都節音階と共通点があったことも大きかったのでしょう。
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「短調の階名」矯正記

2017/07/21 22:44
短調の階名は主音をラとして「ラシドレミファソラ」なのですが、私が数年前に古い唱歌の本で視唱を試みた時には、音は短調曲でも難なく取れるのに、その際の階名はなぜか主音がドになっていました。
短調に関して、そういう階名教育や訓練を受けたわけではないのですが…。

自分の場合どうも原因は、長調の階名における「ドが主音」「ソが属音」という音の機能を、そのまま短調にも流用してしまうからのようでした。
長調では階名と音の機能の結びつきがしっかりしているから、スラスラ認識できたり歌ったりできるわけです。
ところが短調では「ラが主音」「ミが属音」という機能のラベリングがほとんどできておらず、ついつい脳ミソが「長調の機能で音取り」してしまうようなんですね。
たぶん子供時代に、短調曲を階名で歌った経験が少なかったからだと思います。

さて、これに関して私が思ったのは以下のようなことでした。

・短調も「主音をド」にする流派?もあるに違いない
・でもあんまり良くない気がする


その後調べたところこちらの記事などで、やはり私が思った通りだと分かったので、主音をラと認識できるよう直すことにしました。
これが1年ほど前のことですが、最近ようやく特に意識しなくても短調の主音をラと感じるようになってきたんですよ!

やればできるじゃん!

実は当初「直るんだろうか?」と半信半疑でした。
もっとも「直そう」と決心した割には、毎日ビシバシ矯正訓練したわけではなく、やったのは「思いついた時」「ヒマな時」に以下のようなことをしただけなんですが ────

1.ピアノの音階練習で、短調は「ラシドレミファソラ」と意識しながら弾く
2.視唱課題は、短調曲を中心にやる
3.知っている短調曲の階名を考えながら(脳内で)歌う


1⇒当初は、何も考えずに弾くと短調でも「ドレミファ…」と聴こえるありさまでしたが、「ラシドレ…」と意識する段階を経てしばらくすると、自然に「ラシドレ…」になってきました。
正確に言うと、音階の第1音と第2音だけでは階名を感じず、第3音が鳴った瞬間に、それが第1音と短3度だと「ラシド」、長3度だと「ドレミ」と前に遡って階名が振られる感じです。
これは自分でも面白い現象だなと思いました。
(ある程度判断材料が揃ってから階名で認識するのは、階名音感の特徴です)

2⇒市販の調性別になっている視唱課題集から、短調曲を選んやっていましたが、最初のうちは自然に頭に浮かぶ(短調でも「ドレミ…」の)階名をいったん打ち消して「ラシド…」にするためか、すごく歌いにくかったです。
例えば五線譜上の階名の読み方が同じヘ長調とニ短調、ど〜〜〜して後者だとこんなに難しいの!?でした。
これも「いったん打ち消し」が徐々に弱くなり、ストレートに正しい短調の階名で歌えるようになりました。

3⇒道を歩きながらなど、どこでもできるので便利な練習方法です。
日本の大衆音楽には、西洋音楽にありがちな「ソ♯」を使わない「四七抜き短音階」や「自然的短音階」の名曲がたくさんあり、それらが良い教材になりました。
特に戦前・戦中に大人気だった四七抜き短音階(ラシドミファラ)は、重要な「ラ・ド・ミ」の3音が含まれている上、音数が少なくて階名認識しやすく、短調の練習にオススメです。
四七抜きに慣れたら、抜かないやつ(笑)はもう楽勝でした。

ということで一応正しく直ったとはいえ、私の場合長調の階名が母国語的なのに比べると、短調はまだ外国語みたいです。
幸い短調曲はとても好きなので、これからもっとたくさん歌って、母国語に近づけていきたいと思います。
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初めてソステヌートペダル(電子ピアノ)を使ってみた♪

2017/07/01 16:26
3本ペダルのグランドピアノや電子ピアノの中央にある、ソステヌートペダルを曲中で初めて使ってみました。
普段良く使う右端の(ダンパー)ペダルは、踏んでいる間すべての音のダンパー(消音装置)が無効になりますが、ソステヌートペダルは踏んだ時に打鍵している音のダンパーだけが無効になります。
特定の音だけを離鍵後も鳴らし続けたい時に使うんですね。

マーティン・クェラー「夏の歌」 ★楽譜はこちらの曲集に収録


★どこで使っているか分かるでしょうか?

楽譜にはダンパーペダルの記号があるだけで、ソステヌートペダル使用の指示はありません。
しかし練習している間に4箇所、ココで使ったら音楽的に断然良いのでは?と思う部分があったんですね。
で、Youtubeで検索してみたら、まさにそこで使っている演奏があるじゃないですか!


★最初は後ろに引き気味になっている左足が、曲の途中でスッと前に伸びてソステペダル上にスタンバイ、右足の陰で動きはよく見えませんが、左手で弾いた低音がドーーンと伸びていることから、ソステを使っていることが分かります。

ソステを使わずダンパーペダルだけだと、音の濁りを避けるため3拍目のアタマで踏み換えが必要(←楽譜の指示)で、小節冒頭で鳴る低音(打鍵したらすぐ手を離して跳躍する)は2拍分しか伸びません。
それでも悪くないのですが、やはり4拍伸びた方が断然カッコいい&素敵なので、私もソステを使うことに決めました。
左足でペダルを踏むのは(左端の)ソフトペダルで何度も経験してますから、「なぁに、それを中央のペダルにするだけでしょ」と軽く考えていたら…これが甘かった!!!
以下のような問題点が ────

1.同時にダンパーペダルも使っているため、左右の足の独立が必要
2.ペダルを離すタイミングを忘れがち
3.ダンパーペダルよりも効き方が遅いのか、空振り(笑)が多い
4.小節の冒頭、ソステとダンパーペダルはどっちを先に踏むのか?それとも同時?
5.この箇所は手の方も、自分の苦手な跳躍や大きく手を広げる動きの連続


左足がソステを踏み続ける間、右足がダンパーペダルを踏み換えるのは、左足でソフトペダルを使う時と同じようなものですが、ソフトペダルはある程度長く踏みっぱなしが多いのに対し、この曲のソステは1小節ごとです。
「踏み続ける」ことばかり意識して離すタイミングが曖昧になり、それが少し遅れると次の小節冒頭のダンパーペダルのせいで、2拍分余計に音が伸びてしまいます。
「踏む」「(右足は踏み換えしていても)踏み続ける」「離す」、この3つをキチンと意識しないと駄目だと分かりました。

3は本当に困りました。
ダンパーペダルは離鍵しかかっている(ダンパーが落ちかかっている)状態で踏んでもそれなりに効いて音が伸びますが、ソステは鍵盤を奥までしっかり押し込んだ(ダンパーが完全に上がっている)状態でないと、効かないようなんです。
またソステは「踏み込み途中状態」(ハーフペダル)も無効です。
(これらがグランドでもそうなのか、ウチの電子ピアノの仕様なのかは分かりません)
ソステで伸ばす低音はすぐに離鍵して大きく跳躍するため、少しペダルの踏み込みが遅れる&半端だと空振りで、完全な失敗演奏になってしまいます。
そこでソステが空振りだった場合の「保険」に、ダンパーペダルと同時踏みしたら?と思いつきました。
しかし同時踏みは体の安定が悪くなるせいかやりにくい上、人間が踏むのに「完全に同時」は無理で、必ずどちらかのペダルが微妙に先行するため、かえって楽器の挙動が分からなくなる事態に陥ってしまいました。

結局、(小節冒頭)「低音をしっかり弾く」⇒「ダンパーペダルをオフにして」&「ソステを踏む」⇒「離鍵」&「ダンパーペダル踏む」⇒「ダンパーペダル踏み換え(2回)」⇒「ソステ・オフ」⇒(次小節冒頭)「ダンパーペダル踏む」という動作を、両手の動きと合わせ自然にできるまで練習しました。
ポイントは、左足でソステを踏むその瞬間、右足ダンパーペダルはオフにすることです。
これでソステの空振りが激減しました。
そう気がついて改めて動画のピアニスト氏を見ると、まさにその通りにやってるじゃないですか!!!
やはりグランドでもこれがコツなんでは?と思います。

そしてもうひとつ、ソステを使う部分が過ぎたら、左足をペダルから離し通常の位置に戻してますね。
これは右足につられてソステを踏んでしまう事故を防ぎ、体を安定させるために大事なことです。
ただし私は、演奏開始時から左足をソステの上に置いたのが動画と違っています。
楽譜を見&手を動かしながら足をペダルに伸ばして…って結構難しいんですよ。
ソステ踏んだつもりがソフトペダルだったら、もうアウトなので。 (^ ^;ゞ
オルガンやエレクトーンの足鍵盤に比べたら屁みたいなものかもしれませんが、今回のソステ経験、両足の良い勉強になりました。
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ついに出た!「階名唱 77のウォームアップ集」

2017/06/09 21:20
階名唱(いわゆる「移動ド」唱)の基礎練習に特化した教本が出ました。
著者は「固定ド」音感者のための「移動ド」習得・ソルフェージュ講座の大島俊樹さんです。
購入方法などはこちらを御覧ください。(自費出版です)
さっそく歌ってみましたので、感想とあわせて紹介しますね。

階名学習用に作られているため、通常のソルフェージュ課題集とは異なる特徴がたくさんあります。

1.音符のタマの中、または五線の下に階名が書いてある!
2.最初から色々な調が順不同でバンバン出てくる!
3.長調と短調が平等に出てくる!
4.階名や音程に集中できるよう、リズムは超簡単にしてある
5.まず分散和音的な練習から入る
6.旋律が音の性格を踏まえた動きで作られている
7.自分で作曲したくなってくる
8(オマケ).ハニホ音名が笑える


各項目をもう少し具体的に説明すると ────
1.ドレミ…は d, r, m, f, s, l, t(ソルフェージュでは「シ」を「ティ」とすることが多いため) の略号で、まだ五線譜から階名読みすることに慣れていない人でもすぐに練習できます。
それじゃ勉強にならないって?
そんなことはありません、まず階名で歌ってみることが大事なのです。
やっているうちに、階名の組み合わせと音程の関係、それぞれの階名が持つ性格、音が動くパターンなどが体に浸透してきます。
五線から自力で階名を読み取るのは、「浸透後」で構いません…というか、それができていないうちに無理やり階名読みしようとするから難しくなってしまうんですね。
少し慣れてきたらドリルを五線譜に書き写し、略号なしでも歌えるかどうか確かめるなど、力試しの方法はいくらでもあります。
まずは階名を歌詞だと思って歌ってみてください。

2.階名唱は調号の数による難易度の違いが全く生じません。
例えばドリル5番(調号♭1つ)と8番(♭5)つはどちらも「ド・ミ・ドー」始まりですが、絶対音感病に罹患していないごく一般の相対音感の人なら、片方が歌えればもう一方も全く同じことなのです。
ハ長調、あるいは「調号の少ない調の方が簡単」というのは、音名一辺倒の音楽教育がまねいた誤解でしかありません。
また、調により演奏に難易度の違いが生じる多くの楽器と違い、人間の声はそれに全く影響されない便利な楽器であることも分かると思います。
しかも声はいつでも自分の体と共にあり、タダ(笑)で自由に使えて減ることもなく、メンテもほとんど必要なしですね。
だから、まず声で音楽の勉強をするのが理にかなっているのです!

3.長調優先で短調がそのオマケ的な音楽教材が多い中、最初から双方平等に扱うことで、短調に対する苦手意識がつかないようになっています。
また、長調と短調の違いを感じることも大切です。
歌っているうちに、同じ「ミ」でも長調と短調ではイメージが違うなあ…などと気がつくようになったら、いい線行っていますよ!

4.これは嬉しいですね、リズムの勉強はまた別の話。

5.この教本では音階内の階名を「安定音」と「緊張音」に分け、前者を色々なパターンで組み合わせた短いドリルがまず最初に並んでいます。
「ド・ミ・ソ」「ラ・ド・ミ」のみの分散和音的な動きは、広い音程を含むため、慣れないと戸惑うかもしれません。
私が最初歌った時は、6番の「ド↓ミ↑ドー」に「えっ?」となり、何とか低い「ミ」は取れたものの、続く「ラ↓ド↑ラー」で「ド」が出ませんでした…普通の歌にはこのような動きが滅多になく、難しかったんですね。
分散和音系ドリルは「安定音はいつでも取れるように」という著者の方針によるものですから、練習しましょう。
楽器で補助する時は「ド↓ミ↑ドー」と鳴らしそれを覚えたら、「ドだけ」を鳴らして自力で「ミ」を取る練習が良いと思います。
(短調系の場合は「ラ」だけを鳴らして、他の音を取る練習)

6.教本の最初に、各階名の性格や進行パターンに関する説明があります。
それを踏まえてドリルを歌うと、理屈だけでなく体でも階名それぞれの個性が分かってくるでしょう。
えっ、階名に性格がある!!?…と思ったそこのアナタ(笑)、あるんですよもうこれはメッチャあるんです!!
野球やサッカーを思い出してください、様々な個性や役割を持った選手の連携が上手く行った時に、バーン!と点が入るでしょ?
これと同様に、例えば長音階なら「ド」を主将として「ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ」の7人でチームを作っているのです。
この7人はみな性格が違い、調性音楽というのはそれを踏まえて作られているのですから!

7.これは6と関係します。
ドリルの最後の方はだいぶ「曲っぽく」なっていますが、それでも「微妙にぎこちない」「そんなに良いメロディーとも思えない」と感じる人がいると思います。
これは著者も「図式的」と書いている通り、ドリルの旋律が基本的な音の動きに沿っているだけで、遊びや意外性に欠けるためです。
実際の音楽は、歌い(演奏し)やすさを考え「安定音」の間に適宜つなぎの音を入れたり、印象づけるために少々変則的な動きが入っているものです。
名曲と言われるものは、そのへんのサジ加減が絶妙なんですね。
ドリルを歌っているうちに「もう少しマシ?な曲が作れそうな気」がしてきたら、ぜひ挑戦してみてください。
もちろんその際は、手がかりとして階名を大いに役立てましょう。

8.階名と音名が違うことをはっきり示すために付してあるハニホ音名が、「ヘトヘト」や「ホニハニ」で面白いです。
この「ハニホ…」を「ドレミ…」に置き換えると、いわゆる「固定ド」唱になりますが、いずれにせよ音名は音の高さを示すだけの名前であり、何ら音楽的文脈を表していないため、これで歌ったところで何も得られません。
「ハニホ」の場合は時間の無駄で済んでも、「(固定ドの)ドレミ」は階名学習の妨害にしかならないことに気づいてください。

同じドレミなら、音楽的に意味のあるドレミ(階名)で歌いましょう!
それがあなたの音楽人生を楽しく豊かにします♪
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「固定ド」はイタリア音名でなく、フリガナ音名である

2017/05/27 22:24
階名(移動ド)学習の障害となっている「固定ド」音名を使った音楽教育を批判すると、「固定ド」はイタリア音名だからと反論されることがあります。
しかし日本の「固定ド」がイタリア音名と別物だということは、こちらのサイトの記事にもあるように明らかです。
これについて、自分でもう少し考えてみました。
何かもうひと押し、「固定ド」陣営?にガツンと言ってやりたい(笑)気持ちがするからです。

   ド レ ミ ファ ソ ラ シ

↑↑↑これってイタリア人に読めます????
カタカナを知らなければチンプンカンプンですよね?

イタリア音名だと主張するなら、Do Re Mi Fa Sol La Si と書かなければ変ではありませんか?
楽典ではそうなっていますよ。
英語やドイツ語の音名は、子供や初心者に発音を教えるため「エフ」「アー」「エス」などとカナを添えることはあっても、「F」「A」「Es」のように原語表記で使うのが普通です。
文中でも「5小節目上声部のツィス音は…」ではなく「Cis」と書きますね?
しかしなぜか Do Re Mi …だけ、カナ表記が広まっているのです。

こうなった理由や経緯はよく分かりません。
階名唱の指導で使っていたカナが流用されたからとか、「ドレミの歌」の影響、幼児・子供向けピアノ教本(「ド」じゃなくて「ど」の場合も!?)の説明がルーツなど、色々考えられるでしょう。
いずれにせよ、日本の文字になった時点でもうイタリア音名ではないと考えるべきだと思います。
「radio」は英語だが「ラジオ」は外来の日本語、みたいな事例です。

そしてこのカナ化したドレミの代表的な用途?が、初心者がよくやる音符の側にドレミを書くことです!
漢字や英単語などに「読み」のフリガナを振るのは日本人特有の行為ですが、それの楽譜バージョンですね。
アルファベットではフリガナにならないので、カナ化したドレミの出番なのでしょう。
(元々カナのハニホ音名がここで利用されなかったのが本当に残念!)
また、フリガナを振らないまでも、脳内で音符をドレミに直して「読んで」いる人がたくさんいますね?

どうも多くの日本人は、楽譜を読むの「読む」を、そこから音を取って歌うとか楽器を演奏して音楽化することでなく、何か言葉的なもの(具体的にはドレミ…)に変換することと勘違いしているようなのです。
楽譜は漢字と違うのに!!!
音楽が図示された楽譜を、そのまま作曲家の指示図として見ればよい(それが一番カンタンで速く読める)のに一々言葉に直すとは!
視唱だけでなく、器楽演奏においても一旦ドレミをかます(笑)ものと思いこんでいる人が多いのは本当に驚きです。
(だったら五線譜なんかやめて、文字譜にすればいいのに!)

そして楽譜の書き込みだろうが脳内フリガナだろうが、一度覚えた(多くはハ長調の)カナの振り方を変えるのは面倒だ、カナの振り方が何通りもあるなんて冗談じゃない!と考える人が、教える方も習う方も大半なのでしょう。
これが「固定ド」の蔓延する思考回路と言えます。
だから「固定ド」音名はフリガナ音名 ←うん、気に入った(笑)♪
ここで特に問題なのは、相対音感の人が「固定ド」教育しか受けてない場合、フリガナ振れても音取れずになることです。
こういうケースは日本に相当あるのではないでしょうか?

そんなこと言ってるがオマエ、階名だって楽譜にカナ振ってるやつ山ほどいるだろ〜〜!
↑↑↑と突っ込まれそうですが、階名は楽曲分析とか音を取るという音楽的目的のためにドレミを賢く利用しているのであって、ドレミの奴隷と化している「固定ド」教育とは、やっていることの意味が全く違うのです。
・ドレミがフリガナでしかない「固定ド」
・ドレミが便利な音楽ツールとなっている「階名」(移動ド)


オマケ:「固定ド」音名を、イタリア音名ではなく「一般呼称」と表現しているサイト
一般呼称!…なるほど、ある意味非常にうまい言い方です。
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読んで歌おう〜講談社文庫「日本の唱歌」(上・中・下)

2017/05/13 18:06
臨時記号なしの旋律が多く、楽譜を階名(移動ド)で読みながらある程度音が取れるようになった人が、練習として歌うのに最適です。

日本の唱歌[上]〜明治篇(163曲)
日本の唱歌[中]〜大正・昭和篇(178曲)
日本の唱歌[下]〜学生歌・軍歌・宗教歌篇(138曲)

よほどの唱歌通か年配の人でなければ、知らない曲の方が多いはず。
曲が分からないまま解説を読んでも面白くありませんので、ぜひ歌ってみましょう!
もちろん楽器に頼らないで、ですよ。
楽器を使わないんだから、寝転がってでも出来ますね(笑)。

またこの本の解説では、ドレミが使ってあれば全て階名で、音名はドイツ語…とキチンと使い分けられています。
このことについて断り書きなどは一切なく、編者はドレミを階名に使うのは当たり前と思ってるんですね。
注:ある時期まで、日本ではそれが常識だったのです!
例えば、ト長調で記譜されている「故郷(ふるさと)」には ───

長音階の文部省唱歌としては珍しく、「ファ」の音が多く出て来るが、それが節にやわらかさを与えて快い。

─── とありますが、これは「固定ド」一辺倒の人には意味不明でしょう。
「固定ド」ではファが一回しか出てこないし、「ファがやわらかい」も階名のドレミだけが持つ独特の感覚だからです。
他にも階名ならではの解説が多数あり、特に古関裕而作曲の「愛国の花」で「シ」の使い方が上手いとあったのには、私も以前からそう感じていたので嬉しくなりました。
なお、佐々紅華 作詞・作曲「毬ちゃんの絵本:(第一)六段の唄」はロ短調で、最後の部分が「ラシレーミレミドシド ラシレミシーラファラ ミーミードシーラ」と、階名がそのまま歌詞になっています!

時代順に見ていくと、日本人が自分達の音感と折り合いをつけながら、西洋の音楽を学ぼうと努力してきた過程がよく分かります。
明治になり学校で洋楽を教えることになったとはいえ、教材は全く無いし指導できる人もおらず、当初は試行錯誤の連続でした。
「螢の光」や「霞か雲か」など、外国の旋律に日本語の歌詞をつけて教材とする一方、雅楽などをやっていた音楽家が、見よう見まねで西洋風の国産唱歌を作ったのです。
「春のやよい」「金剛石」「紀元節」…四分音符が並んでいる単調なリズム、雅楽調の旋律が取って付けたような「ド」で終わるぎこちなさなどを見ると、邦楽しか知らなかった明治人が、洋楽の決まりに従って作曲するのは、相当の困難があったと推察されます。

しかしそれも20年ほど経つと、現在まで歌い継がれている「ふじの山」「われは海の子」など、日本人の手になる名曲が登場してくるのですから、その吸収力の速さには感動さえ覚えます。
その後大正から昭和にかけて、いわゆる「唱歌っぽい」類型に陥ってしまった一面もあるとはいえ、西洋音楽に日本人的な感性を上手く折衷した歌の様式が確立しました。
その頃「よく歌われた」と解説にある曲は、なるほどと思わせる魅力があります。

また、出来がイマイチの唱歌も載っていますが(解説には大抵その旨指摘してあります)、いつしか「消えてしまった」曲を知るのも面白かったです。
やはりいくら文部省や専門家が、良いと信じて作ったものを押し付けても、ウケないものはウケないんですね(笑)。
今でも愛唱されている歌は、詞も曲も良い…大衆の耳や感性によるふるいって、バカにできないと思いました。
ぜひこの本の唱歌をたくさん歌って、それを確かめてみてください。
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