「サムソン」クリストファーズ盤

ヘンデルのオラトリオ「サムソン」(Samson)、とりあえず愛聴しているのはクリストファーズ盤です。

Handel - Samson / The Sixteen, Christophers
Coro
2003-01-01
Handel


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明るく柔らかな響きが美しい、とても聴きやすい演奏です。
歌手も皆よく通る声で滑らかに歌い、自然体でドラマが進行していくので、聴く方も構えることなく物語の流れに乗っていけます。
CD3枚通すと200分以上ある、かなりの長丁場ですが、「聴き疲れしない」のはこの盤の長所でしょう。

「サムソン」は、ヘンデルの生前とても人気があり、何度も再演されていますが、長すぎた初演版はその後手が入れられ、多少は短くなっているそうです。
この盤は、後にカットされた部分も含め、初演時のバージョンをほぼ再現しています。
古楽演奏としては、かなりユルい方だと思いますが、通して聴いてもダレた感じはありません。
素直な演奏ゆえでしょうか、別にクリスチャンでなくても、聴き終わると「サムソン、死んじゃったけどやっぱすごい英雄だな~♪」なんて、ごく自然に思います。(笑)

・・・・・と、一応は気に入ってる演奏ですが、何度も聴いているうちに、物足りない面も出てきました。
★ 柔和なサウンドが、男性的なサムソンのイメージと合わない
★ 喜怒哀楽のコントラストや、登場人物の個性がもっと欲しい
・・・・・などです。

特に第3部は「サムソン、決死の覚悟」⇒「神殿崩壊」⇒「サムソンの死と弔い」⇒「英雄サムソンと神を称える歓喜の歌」・・・と、死ぬの生きるの泣くの喜ぶのと上下が激しいのに、相も変わらずお上品な「美しい」演奏で、とてもサムソンを含め3千人が死んでるとは思えません。
サムソンが神殿を壊す時の、ペリシテ人の「恐怖と混乱のシンフォニー」も、台本を見ずにボーッと聴いていれば、特に何も気づかず過ぎてしまうでしょう。

ペリシテ人の合唱の猥雑・軽薄さ、美女デリラの官能性、悪漢ハラファの憎たらしさ・・・下品にならない程度に、もっと誇張してもいいと思います。
一応、ヘンデルの作品自体がそう書かれているので、素直に演奏しても伝わるものは伝わるとは言え、やはりもう少し何かやって欲しかったですね。
まあイギリス古楽勢が、何でもソツなくこなすけど、中庸ゆえ食い足りないのは、毎度のことですが。

なお現在「サムソン」の国内盤は、故カール・リヒター指揮のもの(68年録音)だけが入手可能です。
(私はかつてリヒターのファンだったので)15年以上前、彼のCDをかなり集めましたが、「サムソン」なんて録音してたことさえ知りませんでした。
彼のような、往年の名指揮者はコレクターがいるので、それを当てこんでの発売でしょうけど、現役演奏家の新録音が国内盤で出ないのに、もう亡くなって何年も経ってる演奏家のものが、「名盤」と謳い何度も意匠替えして出てくる現象、何とかならないんでしょうか?

私が「サムソン」が好きなのは、登場人物の心理が丁寧に書かれた台本に拠るところも大きいのです。
さらに、当時のこの作品の成功も、台本の出来と無関係ではないはず。
(ロンドンの聴衆は、イタリア語のオペラは台本に無頓着だったが、オラトリオは英語なので、はるかに理解して聴いていた)
現状、辞書を引き引き台本を読んでますが、もしも「英語全然わかんないよ」という方が、輸入盤「サムソン」を音楽だけで聴いた場合、ただ長くてつまらないと感じる可能性もあります。
こういう曲こそ、対訳付き国内盤を出して欲しいんですけどね。

今さら、リヒターの「サムソン」を買って聴こうとは思わないしな・・・。
もっとも彼のことだから、古い演奏スタイルとはいえ、要所で本質を捉えた鋭い解釈をしているのかもしれません。
晩年目を患ったリヒター、もし心臓病で急逝しなかったら、その後失明してたかもしれず、「サムソン」の録音があったなんて、妙な符合ですが。

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この記事へのコメント

2009年11月06日 17:59
Ceciliaさん、
記事を拝見しました。
サムソンの日本初演!をお聴きになったのですね♪
アマチュアでこの作品を取り上げたところがあったとは、ちょっと驚きでした。
(やはり「集客」には苦労するでしょうから・・・)
「メサイア」はどこでもやってますが、それ以外のヘンデルの声楽作品は、珍しいですよね。

対訳パンフやプログラムが、演奏中は暗くて見えない件、私も時々気になります。
クラシックのコンサートでは、演奏中はいわゆる「客電」を落とすのが常識になっていますが、少し明るさを残しておけばいいのに、と思います。
歌舞伎では演技が始まっても、客電がついたままなので最初ビックリしましたが、上演中でも筋書き(解説プログラム)や、あら筋が書いてあるチラシが読めて、大変ラクです。
クラシックも歌モノの場合は、これを見習えばと思うんですが。
(歌舞伎が「明るい」のは、昔から自然光を取り入れて上演していた名残で、筋書きを読むためではないんですけどね)

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